がん患者団体支援機構
代表・俵 萠子 |
「がん患者団体支援機構」を自分の手で作り、最初の代表になられた三浦捷一氏は、ついに、二度目のがん患者大集会を見ることなく、2005年、12月20日に亡くなられました。
この会が発足したのは同年9月3日でしたから、三浦氏が、誕生したこの会を見守れたのは、わずか3ヶ月と17日間だったことになります。
どんなにか気がかりで、どんなにか残念で、どんなにか心残りであったことでしょう。
2005年5月28日の第1回がん患者大集会で、三浦氏と手を携えて戦われた佐藤均氏も、もうこの世にいらっしゃいません。
あの日、大阪のNHKホールに集まった仲間の中にも、同じ運命の方々がいらっしゃることでしょう。
私たちがん患者と家族の活動は、いつも命の時間との競争です。
残った者が、先立った者の意志を引継いでやっていく。
リレー・フォー・ライフ。それしかないのだと思って、生き残っている私は、瞬時リレーを引受けました。
未熟者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
誕生して、まだ5ヶ月の会であり、設立の主旨はとても達成されておりませんので、当面三浦さんが書かれた通りを私たちはリレーしてまいります。
三浦さんの遺書ともいうべき文章を次に掲示いたします。 |
故・三浦捷一氏の「代表挨拶」
このがん患者団体支援機構は、「情報」・「支援」・「総意集約」の3つを大きな柱として設立致しました。
これまでも全国各地に数多くのがん患者会はあったのですが、個々の患者会では、リーダー的役割を担う人材の不足や、資金不足等様々な問題がたくさんあります。
そこで、そういった個々の患者会で抱えている共通の問題点や共通の目標に対して、いくつもの団体が集まって共通の目標・問題に対して共同、協調して活動するために、全国的、がん種横断的ながん患者団体の連合体を組織することが必要だと考え、このがん患者団体支援機構を設立致しました。
また、現在の日本のがん医療は、腫瘍専門医の不足、がんについての適切な情報不足、医療水準や地域格差の問題など、諸外国に比べてまだまだ多くの問題があります。
このような現状を変えていくためには、1つの患者団体では力が及ばないこともありますが、みんなが手をつなぎ、みんなで力を合わすことによって、大きな問題でも解決できる可能性があるのではないかと考えています。 |
| 1つでも多くの患者団体の皆様にご参加頂けることを願っております。宜しくお願い致します。 |
| 残った私たちは、みんなが手をつなぎ、みんなで力を合わせ、大きな問題を解決してまいりましょう。 |